華西都市報 2006年12月27日 ソース(中国語)
あるメディアの指摘によると、今回の日本側の学者の多くは日本政府の観点に近い人物であり、筆者は今回の両政府主導の共同研究の前景を楽観していない。しかし「歴史研究分野に侵略者が参加する権利はない」といった有無を言わさない観点に関しては、同意出来ない。
日本の歴史教科書問題は、双方が注目する敏感な話題のひとつであり、1950年代から日本国内でも大きな論争を引き起こしている。東京教育大学(現筑波大学)教授の家永三郎の3度に及ぶ教科書訴訟が最も有名である。これは32年にも及ぶ長い訴訟で、1997年8月に、日本の最高裁判所は文部省の行為が違法であると認め、「南京大虐殺」の文字が20年ぶりに教科書に復活したのである。この運動は、日本の民間の歴史学者が主要な推進者となった。
日本の歴史教科書問題の表面的な問題は、文部省の「検定制度」であるが、その根源の問題は第二次大戦後のマッカーサーによる統治時期にさかのぼる。マッカーサーは、日本の財閥を解散させず、左翼の社会党を抑圧する為に自由民主党を組織した。自民党と財閥のメンバーは戦前の執政勢力であり、切っても切れない関係であり、皇国史観の影響を深く受けている。まさしくこれらの勢力により、民間の教科書の選定に対する権力による干渉が意図されたのである。この後20〜30年にわたり中国等のアジアの国家は、日本の現在よりも問題が大きい歴史教科書問題に沈黙し、影響力を行使する最もよいチャンスを逃した。この後、新たな世代の日本人が育ち、問題がさらに面倒になったのである。日本の右翼は1997年の「家永」の挫折後、策略を変更し、扶桑社による歴史教科書を制作した。しかし、学会、教師、市民の強烈な反対により、その採用率は0.5%にも届いていない。
特に指摘すべき点は、日本の大学は明治維新後に西側の大学のスタイルで設立されたものであることである。日本の学術は自由であり、学者には独立性があり、それらはアジアの中でも非常に高いレベルにある。日本の右翼の穏健派の多くは、南京大虐殺、731部隊、慰安婦等の歴史の事実を認めており、「南京大虐殺は嘘」等とがなりたてるものは、こぐ少数の極右の狂人に過ぎない。
中日両国はアジアの大国であり、2つの大国がいがみあうことによる利益は何もない。中日両国は善意で接するべきであり、まずは近現代史を解決することが望まれる。そのためには、理性的な史実に基づいた態度が必要となる。我々は日本の歴史問題における間違った認識に対して断固として反対をするが、我々も日本の史学会に対して理性的な態度を取り、有無を言わせずに非難することは良い闘争の策略とは言えないのである。(中国青年報)
遅くなりましたが、本年もよろしくお願いいたします。
更新が異様に少なくなっていますが、今年はもっと精力的に訳したい思っています。(年初の目標)
今年の中共、日中国交正常化35周年や、指導者の訪日で友好ムードを演出したいのでしょうが、南京大虐殺70年記念等の波乱要因が沢山ありますね。ほとんど知られていませんが2007日本中華年なんてイベントもあります。
米国では大統領選を来年に控え、中国への様様なバッシングが増えるでしょうし、日本では参議院選を控え、支持率が下落傾向の「穏健派右翼」の首相の対外姿勢にも変化が見られるでしょう。経済的にも北京オリンピック後のバブル崩壊を目指した投機マネーが最後の活躍を見せることになるでしょう。
まぁ、いずれにせよ精一杯頑張って、ネタを提供して頂きたいものです。
さて、今日の記事ですが、胡錦涛系の中国青年報からです。中国側にも自制を求めるなど、かつてに比べれば幾分「理性的」になってますかね。日本の右傾化を踏まえ、右翼を「穏健派」と「極右の狂人」に分けて後者のみを敵視する手法は、初めてではないでしょうか。色々考えるものです。
理性的になっているとは言え、中国側が「闘争」ではなく、「理性的な史実に基づいた態度」で歴史を見れるようになるには程遠いようなきがしますが。