2005年05月24日

評論: 小泉は5つの問題で対中外交を反省せよ その2


第三点、歴史問題上での後退、国連常任理事国問題上での猛進は、小泉政府の外交政策の一つの自己矛盾である。

1972年中日の国交回復以来、日本政府の歴史問題上の表現は常に起伏がある。しかし、まとめて言うならば、進歩していると言える。特に、元首相の村山富市は1995年の8月15日に談話を発表し、日本がかつての一時期に行った「誤った国策」により、「日本の植民地統治と侵略はアジア各国に大きな損害と苦痛を与えた」とした。この談話は始めての誠意のあるものであり、合格の対応である。現在に至るまで、歴代の首相が踏襲している。しかし、2001年4月に小泉純一郎首相就任以来、日本政府は歴史問題上明らかに後退した。その例の一つが首相が毎年靖国神社を参拝することである。これと対し、80年、90年代に中曽根康弘、橋本龍太郎も首相として靖国神社に参拝したが、中、韓等の隣国の反対に遭い、二年目の参拝は行っていない。

参拝問題で隣国の強烈な反対に少しも耳を貸さない以外に、小泉政府は日本の右翼がさらに酷く歴史の真相を歪曲したいわゆる「新しい歴史教科書」にGOサインを出し、「検定合格」させている。

日本政府は歴史問題上酷く後退しており、当然、中、韓北朝鮮等の政府と人民から世界各国の正義感のある人たちの強烈な反対に遭っている。今年は反ファシスト戦争勝利60周年であり、国連改革の年でもある。第二次大戦の敗戦国であり、日本とともに枢軸国を同盟したドイツ、イタリアは謙虚な態度で「歴史に敏感な年」を迎えているにも関わらず、日本だけがなんと傲慢な外交姿勢をとり、一方で歴史問題上で60周年を「迎える」逆の処置をとり、小泉首相はでっち上げの口実で一度はモスクワで行われる反ファシスト戦争勝利世界活動への参加を拒絶した。もう一方では、筋が通っているとばかりに、ぬけぬけと大きなことを言い、国連の安保理常任理事国に入ろうとする。彼らはあたかも忘れたようだ。国連が生まれたのは反ファシスト戦争の勝利の産物であることを。彼らは忘れているようだ。小泉首相が毎年ひれ伏して崇めるA級戦犯が歴史の審判を受けた、反ファシスト戦争の勝利の果実であることを。

人々は日本が常任理事国になることに反対し、日本が常任理事国の資格があるのかを疑っている。しかしこれは日本人民では無く、政治を司っている小泉内閣の歴史問題から歴史問題にを元にした各種の現実の問題の一連の後退の政策に対してである。これに対し、我々は小泉政府に対し、現在の自己矛盾の外交政策の放棄をご忠告したい。一方では歴史問題上後退し、一方では国連常任理事国問題上猛進する。一方では、歴史問題上第二次大戦の結論に不服とし、思想上反ファシスト戦争の対岸に立ち、一方では国連の問題上、反ファシスト戦争勝利国と「対等な席」に座ろうとしている。

国連に対しての考え方はこの筆者、一応筋が通っているんですね。但し、現在の世界の潮流からは取り残されているような印象があります。国連自体、英語でも中国語でも「連合国」であり、確かに筆者の言うように日本は「枢軸国」側の敗戦国ですから、「対等な席」に座るのは間違いとの認識もあるでしょう。しかし、戦後すでに60年経過し、国連の仕事も役割もすでに「連合国」の域を越えて巨大化しており、60年前の勝った負けたのレベルではなくなってきています。そのタイミングでの「国連改革」ですから、筆者の意見が潮流から取り残された偏狭なものであるのではないかと思う訳です。

日本でも、東京裁判等の小泉首相が毎年ひれ伏して崇めるA級戦犯が歴史の審判を受けた、反ファシスト戦争の勝利の果実であることを。との以前の共通認識認識から東京裁判の正当性等を含めて再度見直す潮流にありますね。

さて、昨日、たまたま、近所の不動産屋の店先の物件情報に目が止まったのですが(私は中国の地方大都市に住んでいます)、どうも反日暴動が発生した4月中旬以降から、不動産価格が「急激に低下(2割程度)」しているのが分かりました。バブルの調整なのか、崩壊なのか、引き続き注視する必要がありそうです。

明日、最後の部分を訳します。

胡錦濤主席、日本の与党幹事長と会見(人民網日本語版)
第1四半期、輸入車台数が大幅減 中級車に日本車(人民網日本語版)
広州ホンダ「アコード」、中高級車で売り上げトップ(人民網日本語版)
中国養老年金保険の危機は一触即発(大紀元-日本)
人民元10%以上切り上げを 米、大物使い圧力と英紙(産経)
外相、中国の対応を批判 異例の会談中止(産経)
会談中止、政府関係者は「靖国絡み」の見方強める(読売) 経緯がまとまっています。
呉副首相自らが拒否か 会談中止で消息筋(共同) トカゲの尻尾きり?
呉副首相の緊急帰国 「ビザ発給拡大」肩すかし(毎日)
posted by 元祖うぷぷ at 13:47| Comment(0) | TrackBack(3) | 反日記事(政治日中関係) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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