2005年02月17日

日本政府は公然と釣魚島灯台の接収を宣布 背景の戦略を探る

新浪新聞 2005年02月17日 ソース写真あり(中国語)

最近、日本政府は中国の強烈な反対にも関わらず、公然と釣魚島灯台の接収を行った。これは、日本の首相の靖国神社参拝と、東海のガス田の紛争等の問題で冷えている両国の関係に冷や水を浴びせるものである。この事件が中国政府と民間に強烈な抗議を引き起こした。我々は日本政府が春節の期間を狙い引き起こした行動に関してねらいを探った。

直接のねらいは、日本政府はこの時期に釣魚島の問題をとり上げるのは、小泉政府の国内支持率が低下していることに関係する。これは、日本民衆の国内の不満を国外にそらすねらいがある。しかし、我々はこの事件の背景をより深く考えてみたい。

歴史を見ると、日本は東亜の世界の中で、他の国々と多くの共同性を享受すると同時に、長期にわたり東亜世界の異端児であった。ここ千年をみると、臣下として使えた経験がほとんどない。反対に、独特な地理と精神文化の伝統により、周辺国家に対する侵略と統治に対する欲望は非常に強烈である。

このような歴史的伝統が、日本と東亜のその他の国々との付き合いにおいては、その他の国々を自国より優れていると見ようとしないのである。

しかしながら、90年代以降、日本経済の相対的な衰退、中国への世界経済の注目、中日両国の国力の増減、両国の資源獲得競争には、日本に中国の「蜂起」を隣から見させたことは、東亜国際政治と中日関係の多くに影響を与えた。日本での主流の意識を見ると、中国の「蜂起」は東亜の国際政治の前提を変え、未来の中日関係を悲観している。このような理由から、中国の総合国力が自国を超えないうちに、占領して奪い取る戦略をとったのである。釣魚島灯台の接収は日本政府の主権行為の強化であり、この意味は領土だけではなく、周辺海域のコントロールと多くの資源の獲得のためである。

同時に、釣魚島問題は中日両国の繰り返される近代以来の歴史的な勝負である。80年代以来、日本はかたくなに「普通の国家」となることを目指した。その一つの努力がアジアの歴史を塗り替えることであり、アジアの歴史知識体系の中で、日本は原子爆弾の投下により苦しんだ被害者であり、加害者の事実は避け提示せず、第二次大戦後にアジア国家が独立したことをもって、日本はアジアの解放者であるとまでいう。中国に釣魚島を返還することを拒絶したのは、まさに右翼史観を実行したのである。日本は、釣魚島を手中にし、その右翼史観の合法性を構成し、これにより近代以来の日本のアジアへの侵略の歴史を取り込もうとしているのである。

この小さな島のは中日両国の硬軟能力の勝負である。これらの勝負はすでに戦略的な局面にきている。

中国は、釣魚島の主権の防衛は中国とアジアの歴史的な判断であり、第二次大戦の問題、すなわち、近代の中日の力の競い合いが、今日にも及んだことであり、それゆえに、領土と海洋の権利だけではなく、近代の屈辱を果たす意味を持ち、民族国家の成熟度を測るものである。程亜文(北京学者)

(コメント)
どうも歴史問題に組み込まれた模様です。

「日本は独特な地理と精神文化の伝統により、周辺国家に対する侵略と統治に対する欲望は非常に強烈」だそうですが、地理の部分を除けば、そのまま中国ですね。
その後の「東亜のその他の国々との付き合いにおいては、その他の国々を自国より優れていると見ようとしない」もそのまま中国のことだし。

日本では「領土問題」に分類されるものであり、国際法的にどうか、資料はあるのかといった議論になりますが、中国では「近代の屈辱を果たす意味」なのでかみ合わないですね。何度も述べていますが、中国では勝ち負けが重要であり、過去は現在の勝負を有利にする材料に過ぎず、真実であるかは関係ないことを再度確認したいと思います。日本とは基本的な部分が全く異なるわけです。国家の成熟とは「近代の屈辱を果たす」ことらしいですし。
posted by 元祖うぷぷ at 21:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 反日記事(政治領土) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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