2005年01月02日

日本仮想敵国は中国 対中ますます強硬に その2

政治大国になる為に

日本は公然と中国から安全上「威嚇」されているとし、国民を刺激して「危機感」をあおり、国家主義を進めた。これは日本が長期に渡り求めている「政治大国」と関係がある。

1983年7月、当時の日本の首相中曽根康弘は公演した。「日本は世界政治の中で発言権を強化する必要がある。日本の経済大国としての責任だけでなく、政治大国としての責任をまっとうすべきだ」これは、戦後日本の首相が始めて「政治大国」という概念を「国際地位」という形で取り上げたものである。

日本の外務省は1991年度版"外交青書"で以下のように指摘した。日本はすでに国際秩序におけるほとんどの問題に関して大きな影響力を持つ。特にアジア太平洋地区の安定と発展に関して「中心的な役割を担う」世紀が変わり、日本の外交思想は基本的に確定した。「日米同盟を維持し、政治大国としての地位を確立する。」

2000年、1918年生まれの中曽根康弘は記した書籍「21世紀日本の国家戦略」は日本政界の一本のバイブルとなった。中曽根康弘の主要な思想は、日本の当時の内外交ともに戦略性がなく、日本は日米安保条約を基本として、自主的なアジア外交を展開すべきだというもの。この本の中で、中曽根康弘は現在の日本の憲法は日本がほとんど発言権がなかった状況下で占領軍により制定されたもので、これにより日本は独立自主の精神と民族の自尊心を喪失したとして、彼は憲法と教育基本法の改正を呼びかけた。

12月21日、自民党の憲法修正案を制定するための「新憲法制定推進本部」の初めての会合を召集し、小泉は来年の建党50周年の際修正案を制定するように呼びかけた。日本では小泉を中曽根康弘の化身とみて、「小中曽根」と呼ぶ人がいる。中曽根康弘本人もこの点を否定しない。
中曽根と極右分子の石原慎太郎が記した「永遠なれ日本」の中で、「小泉は確実に私と石原慎太郎のDNAを持っている」とした。2001年、自民党は「国家戦略本部」を設立し、小泉自ら責任者となり、中曽根を担当最高顧問に据え、「日本国家戦略」の制定を開始した。

アジアの不確実性が増加

日本を見る限り、中国の台頭は日本のアジアでのリーダーの地位を打ち砕いた。特にアセアンに対しての自由貿易協定は日本の過敏な神経をさらに刺激した。中国の台頭に対抗して自国が発展するための戦略をなにも打ち出せていないことは日本の一番大きな苦悩である。日本は「融和か抑制か」、「協調路線か強硬路線か」の間を迷走してきた。また今まで見たように日本は現在は「対中強行路線、強化日米同盟、抑制中国」を選択している。

中日間の摩擦に歴史問題があるにもかかわらず、小泉は靖国神社への参拝にこだわり、日本政府は右翼分子の中国への侵略の否定行動を容認し、中対する「不満と恐怖」を演出しているようである。このような形勢下において、評論家は中国は対抗する処置をすべきと考える。中国、ロシア、インドが関係強化をするようなことである。すでに、中ロは来年、国境近くではじめての軍事連合演習を行うことを決定した。

台湾問題は中国の最大の利益を代表する。また、日本は台湾問題で「台湾独立」を大目にみる、もしくは支持するような曖昧な態度の印象がある。評論家によれば、日本が画策する国連常任理事国の問題では、中国は日本の常任理事国入りに対して明確に反対すべきであるとする。戦争の歴史がある隣人として、日本に画策する中国抑制政策はアジアの未来に対しての不確実性を増すからである。

(コメント)
大まかな歴史的な経緯は合ってますね。

日本政府が積極的に潜水艦問題等を取り上げているのも、防衛力強化と憲法改正に対しての世論形成に対して大きな追い風になるかにらという理由があると思います。中国様には感謝しなくちゃいけませんね。見事な敵役を演じてくださってますから。

"右翼分子の中国への侵略の否定行動を容認し"って、日本は中国みたいに言論の統制はできないのよ。

アジアの不確実性では再度、中国の経済的な台頭と日本の軍事的な野心が主要原因のような書き方をしてますが、実際は中国の軍事的、経済的な拡大が主因なんですがね。中国も積極的にインド、ロシアと組む姿勢を見せていますが、日本も特にインドとは協力強化を急ぎたいものです。
posted by 元祖うぷぷ at 22:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 反日記事(政治軍事) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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