2006年03月27日

日本の青年 中国は米国に学ぶべき 参拝行為を邪魔すべきでない その1

東方網 2006年03月17日 ソース(中国語)


編集者注:最近の中日関係の悪化に対して、日本の青年はどのように見ているのだろうか?交流において、どのように中国人に接しているのであろうか?今期の「北京大学世界を見る」プロジェクトの数名の日本滞在経験のある学生が、自己の経験を詳しく語り、見解を述べた。

于悦:中日両国の青年の交流は非常に頻繁です。私が日本で学習した時、日本財団が高額の奨学金を提供し、私はアルバイトをする必要がなく、全力で学習に取り込めました。初めて日本に行った時、私は日本語が話せなかったのですが、多くの日本の青年が進んで私に教えてくれて、話せるようになりました。また、学校には留学生の日常生活の専門の責任者がいて、よく私たちを日本各地の旅行に連れて行ったり、家に招いて美味しい物を食べさせたりしてくれました。

馮全普:私はかつて長野県飯山市の農村の民宿で日本人の家に住んだことがあります。彼らの一家は特によい人達で、私を本当の子供のように慕ってくれ、私も女主人を「お母さん」と呼びました。近所の人や友人はよく自分の家で作ったキュウリやナスをくれました。「お母さん」の父親はかつて中国を侵略した日本軍の軍人で、1943年杭州を侵略したとのこと。私は非常に不快になりました。日本の農村には青年が非常に少なく、みんな都市に行ってしまうとのことです。私の帰国の際、焼肉でお別れ会を開いてくれました。帰国の後も、日本の友人から贈り物をもらいます。とても友好的です。

夏維勇:日本では、友人がよく私を家に招待し、父母や親戚にも私を紹介してくれました。祭日は食事に誘われ、贈り物をもらいました。彼らの家庭は皆政治的な観点が左に寄っており、右翼に反対するものの、我々との交流では基本的に政治の話はなく、個人的な関係の話だけでした。

馮全普:明らかに、日本の青年は中国人との交流を求めてますし、非常に友好的です。しかし、非常に強烈な距離感を感じます。交流時、私たちはある種の暗黙のルールがあります。それは中日関係の敏感な問題の場合、沈黙を守ることです。これで双方の友好が守られます。仲のよい友人が私をお花見に誘ったときのことを例として挙げます。みんな非常に盛り上がったとき、彼は私の為に歌で盛り上げようと天皇を尊崇する色彩のある日本の国家「君が代」を歌いてました。私は非常に不快になりました。しかし、私は何も言わず、「義勇軍進行曲」返歌しました。彼はこれが中国の国歌であると知りながら、何の批評もせずに、お花見は続きました。私の感覚から、この種の沈黙は決してよいことではなく、国家間の交流にマイナスであると思います。



かなり長い記事ですので3回に分けて翻訳していきます。

馮氏は沈黙してやってると思っているのかもしれませんが、このような態度が中国人が成長できない一つの理由でもあります。中国とのかかわりになると直ぐに「戦争」の話になりますが、中共にとって戦争は一つの政治的な道具なだけであって、馮氏が重視するべきものではありません。法的に言えば講和を結んだ時点で解決済みですし、そもそも60年もたってこんなに騒いでいること事態に違和感を感じないのは世界で数カ国の人民だけでしょう。国歌もそうですね。他国の国旗や国歌に敬意を表すのは常識ですね。残念ながら、沈黙することで世界の常識をを学ぶことができません。まぁそのようにアドバイスされても理解はしないでしょうが。

どうも、日本国内の左側によっている組織と交流しているようですね。ただ、日本の「左側によっている」組織と中国人では話をするのは難しいでしょう。夏氏も基本的に政治の話はなく、個人的な関係の話だけという不満を口にしてますね。きっと日本の「左側によっている」組織は世界の市民が手を取り合って云々といった思想を持っている組織なのでしょう。中国人のように「国家」を重視する人にとっては語るに足りない組織でしょうね。彼らは「左翼」か「右翼」と話をしないといけません。

明日、続きを訳します。
posted by 元祖うぷぷ at 20:07| Comment(5) | TrackBack(1) | 反日記事(日本国内) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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